今、UOを振り返る
EQIIのβテスト始めました。やっぱり良いね。と、その前にちょっと振り返ってみる。



 私がUOを始めたのは、1998年の5月。当時はYRP(自宅から10分)勤務で、時間が沢山あったのですね。ミノック近辺で細々とソロプレイ。日本人、ほとんど居ませんでしたし。英語も当時はよく分からなかった。今もあまり得意ではないですが。フレンドも作れないまま、しばらく遊んで辞めてしまいました。

 それから数ヶ月。ある夏の日。バーチャロンのMLのメンバーとUOの話で盛り上がった後に、彼の居たシャード(サーバーというかワールドというか)に、新キャラを降臨させました。ここからが本領でしたね。
 当時は2バイト文字が使えず、全てローマ字。当時の我々日本人プレイヤーは(笑)の代わりに(waraiとかやってましたが、やがて(wと略すようになりました。これが、今日の「うはwwwwwおkkwwwww」の「w」の源流になろうとは。どうでもいいですね、そんなこと。

 やがて、初の日本シャードであるAsukaともう一個(忘れた)が開設。キャラクター名「Cypher」で降臨。ミノックの北西の堀り易い場所にテントを設置して場所取り。程なく、スモールハウスを建てました。鍛冶キャラである「SexyDinamite」をGMまで育て、セクシーダイナマイト銘入りのHQプレートを作って荒稼ぎ。
 これから儲かるのは、もっと消費サイクルの早いリコールスクロール(キメラの翼みたいなもの)だと踏み、これの生産を。単一商品で作れば、単価を下げることが出来ますが、問題は流通ルート。在Asukaの各ギルドのHPを見て周り、それらが所持しているデパートで品物を置いてもらえるように、頼んで回りました。
 これに応じてくれたのが、Junxというギルド。後にFFXIで偶然の再会を果たしましたが、それは別の話。

 日に100本以上のスクロールを生産。これをデパートに安定供給するようになりました。私は安定した収入を得ることができるようになり、またデパート側も、安価で在庫が豊富なこれが客寄せ効果を招き、お互いに潤うようになりました。

 ある日、いつもの様に納品がてら御用聞きをしていると、EB(エネルギーボルト。詠唱失敗しないスクロールのこれは対人戦で需要が高かった)を納めて欲しいとの依頼が。リコールの単一生産用のキャラなので、そんな高位なものは作れないことを告げると、その修行用の資金として、どーんと10万ほどのお金を渡されました。先行投資ですな。
 これで一気にスキルを上げ、EBの他、ゲート(人を連れてワープできる)スクロールも生産可能になったので、これらも納品するようになりました。これにより、売り上げはどーんと伸び、資金が潤沢に。あっというまに10万を返済し、自宅の方も第二、第三、第四の家まで建つに至りました。Junx側から見ても、投資成功でしょう。スクロールはほぼ利益なしで売っていましたが、それを目当てでデパートにくる客が、他の店にもお金を落としていくのは明白。小売、卸し、双方に利益のある取り引きが行えました。

 偶然隣の家が腐ったので、その土地を接収。我がスモールハウスは二階建ての大きな家になりました。その後もしばらく卸売りを続けていましたが、神戸在住の某氏の誘いでシャード引越しをすることに。Hokutoで2階建てを持っている人とシャード間取引というか交換を行い、Hokutoサーバでみんなで遊ぶこととなりました。キャラクターは「Koitsu」。

 Asukaでの目覚しい成功に比べて、こちらでは普通に狩りを楽しみました。楽しかったですけど、そろそろ飽きも来た頃。2つ目の二階建てが完成したあたりで、引退しました。ちなみに、フェルッカとトラメルが導入された直後のこと。

 振り返っても楽しかったです。PvP(対人戦)はほとんどしませんでしたね。生産が非常に楽しかったです。キャラクターの強化にはほとんど興味を持たず、純粋に仮想生活を楽しんでいました。これがFFとは一番の違いでしょうね。綿を緑に染めて積み上げて、赤い玉(魔法の秘薬)とかを散りばめてクリスマスツリーを作って部屋に飾ったり。そんな無駄なことが非常に楽しかったです。たっぷり遊びつくして満足して引退したので、全然復帰する気が起きないのが難点かな。

 FFは完全に飽きてやる気が無くなっちゃったし。3000万ギル相当の資産を換金して、そのギルごとキャラを削除することで、多少なりともインフレの抑制に貢献してみようかしらん。その程度じゃ効果ないか(´・ω・`)。
[PR]
by REDist | 2005-05-02 15:43 | 他ゲーム
<< EQ2(β)はじめました 中華なお国とそのあたり(その1) >>